忠臣蔵の認知度

 今日は12月14日、と言えば「討ち入り」の日です。と言って、すぐに納得してくれるのは何歳以上でしょうか。若くても50代以上のような気がします。もしかしたら60代以上かも。少なくとも40歳以下は「討ち入り」と言われてもピンとこない人が大半でしょうし、「デンチュウでござる」と言われて「電柱?」とか思って意味がわからないでしょう。「忠臣蔵」という言葉すら知らない、もしくは聞いたことがあるけれども何のことかわからないと言われそうです。

 かつては国民的娯楽だった「忠臣蔵」。歌舞伎だけではなく、この時期になると必ずと言っていいほどテレビはスペシャルドラマを作っていましたし、映画やドラマの再放送もしていました。忠臣蔵を題材にした大河ドラマも過去に4作あって、1964年の大河ドラマ第2作『赤穂浪士』、1975年第13作『元禄太平記』、1982年第20作『峠の群像』、そして1999年第38作『元禄繚乱』。ほぼ10年に一度くらいのペースで制作されてきましたが、『元禄繚乱』を最後に2000年以降は全く取り上げられていません。

 実はこの1999年の『元禄繚乱』が放送されていた頃に、テニス仲間と忠臣蔵の話をしていたら、ひとりが「忠臣蔵ってなんですか?」と言って驚愕したことがあります。その男性は僕より8歳くらい年下でしたが、もうアラサーになっていましたし、名古屋大学を出て都銀に勤務していたのですから、それなりに勉強もしてきたし常識もあると思っていたので本当に「なんだこいつ?」と驚いてしまいました。当時はまだみんな忠臣蔵を知っていたので、そんなことを言い出した彼に「エーッ!」と周りも驚きましたが、今となってはその頃から忠臣蔵が国民的娯楽の地位から落ちかけていたのかもと思います。僕自身、『元禄繚乱』について「今さら忠臣蔵かよ」という気分がすでに当時あったことは否めません。

 赤穂事件を題材にした忠臣蔵はドラマとしてはよく出来ている古典です。ただ時代劇は予算がかかってしまう割に若い視聴者受けは良くないので、今後はますます制作されなくなっていきますから、このまま忠臣蔵も「知る人ぞ知る」ものになっていく運命かも知れません。

 

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