ノーベル化学賞が決定した北川進博士がインタビューで「無用の用」という言葉を使っています。どんな経験であっても、どんな失敗であっても、無駄なことは何ひとつない、全てが後に生きるんだということを言いたいようです。学術とか研究とか探求というのは全て「無用の用」で成り立っていると思います。と言うか、そんなのは当たり前のことであって、それを敢えていま北川博士が言うのは、それだけ日本の研究環境が劣悪であり、研究費も足りず、基礎学問に対しての風当たりも強く、このままでは未来の日本の学術レベルがどれほど低下するかを危惧しているからだと思います。
先にノーベル生理学・医学賞に決定した坂口志文博士も日本の研究環境を憂う発言をしていましたが、彼らだけではなく多くの研究者が以前から同じような発言を繰り返して危機を訴えています。今回の坂口、北川両氏の受賞で「日本の科学力も捨てたものではない」なんてお気楽なことを言っている人がいますが、ノーベル賞を受賞する人は大抵30年も40年も前の研究の成果で受賞しています。ノーベル賞受賞者が続いているのは20世紀の日本の研究者のレベルが高かったことの証明であって、それが現在も繋がっているのかというと、かなり怪しいのではないかと思わざるを得ません。
日本の低予算、劣悪な環境下で頑張って研究を続けている多くの研究者がいる一方で、優秀な研究者が欧米にどんどん移っていってしまっているのが21世紀の現状なのです。トランプがアメリカの大学を迫害する中で、優秀な研究者が他国に流出すると言われていますが、日本の大学に移ってくる研究者は少ないと言うことです。ひとつは英語圏ではないという言語の壁のせいもありますが、やはり予算が無い、したがって競い合う優秀な研究者が少ないという日本の研究環境に二の足を踏む人が多いのでしょう。
日本に限らず世界的に「反知性主義」が蔓延しつつありますが、そんな時代だからこそ「知」を大切に守り育てる方針を政府が打ち出せば、日本が世界の頭脳として生き延びるチャンスではないかと思います。まだこうしてノーベル賞を受賞するような優秀な学者が多く残っているうちに、もっと知性に敬意を払い、改めて21世紀の「学術立国」目指すべきではないでしょうか。
