ナチスの宣伝相ゲッペルスの言葉として伝えられている「嘘も百回言えば本当になる」。ずっと嘘を言い続けていれば、次第にそれを信じる人たちが増えていき、いつか嘘か本当かわからなくなり、ついには嘘が真実を覆い隠すようになります。そうならないためにマスコミはフェイクニュースかどうかファクトチェックを怠ってはいけない、というのがこれまでの考え方でした。
もちろん今だってファクトチェックは大切なのですが、マスコミよりもSNSを信じるような人間が増えているこの時代、ファクトチェックされないSNSで嘘をバラ撒けばあっという間にそれは百回どころか百万回でも一億回でも嘘がつけるようになってしまいました。その結果、大量の嘘をつき続けられる資金力がある個人や団体が、いとも簡単にゲッペルスの手法を取り入れて、都合の悪い真実を隠してフェイクを拡散し、またそれを疑いもせずに簡単に信じる人間が大量生産されるようになりました。
問題は大量の嘘をバラ撒ける仕組みにあるだけではなく、なぜわかりやすい嘘を嘘と思わずに信じてしまう人間が大量にいるのか、ということです。もともと扇動されやすいのが大衆というものであるということは言えますが、それにしてもあまりにも愚か過ぎるのではないかと信じられない思いがします。
もうかなり前から「反知性主義」ということが言われていますし、警鐘が鳴らされてきていますが、収まるどころか近頃はますます知性に対する反発が強くなっている気がします。自ら考えることを放棄し強者の言い分を無批判に丸ごと受け入れる。これは完全に民主主義の終わりを予感させます。では民主主義に取って代わるものは何か?独裁主義なのか?アメリカも兵庫県も民主主義の次に来る時代の実験場になってしまうのでしょうか。中国も北朝鮮もロシアも、実は歴史の最先端を走っているのかも知れません。恐ろしいです。

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民意とは
ゲリマンダーの時代から、そして日本の国会の歴史を見るにつけ、間接選挙では選挙区の作り方/定員の配分により、得票率とは異なる民意が作り出せることは分かっていた。今回、直接選挙でも民意を作り出せるSNSの力が明らかになった。都知事選にその萌芽はあったわけだが。
私の親しい女性に『ねえねえ、友達が○○が××だって言ってたの』と楽しそうに話しかけて来る人がいる。私が『でも、これこれでこうだから、それは間違っていないかなぁ』と言うと、『私は友達が行っていた事を伝えただけなのに、なんで私が怒られなければならないの』と涙目になる。でもね、リツイートは気分でやっちゃ駄目なんだよ。リツイートした瞬間に、それは自分の発言になる。
SNS中毒の人にもそう教えてあげたい。