谷川俊太郎が亡くなり、火野正平が亡くなり、そして北の富士が亡くなりました。それぞれに思い出がありますが、やはり相撲ファンとしては北の富士について一番語りたいことが多いです。
北の富士は僕が子どもの頃にはもう大関でした。そして地元愛知の大関玉乃島(当時)のライバルでした。僕が子どもの頃は「柏鵬時代」でしたが、柏戸はすでに衰えていて引退間際、大鵬はまだ強さを維持していましたが、北の富士と玉乃島が若手大関として追い上げている頃でした。地元出身の玉乃島はもちろん、「巨人大鵬卵焼き」世代としては大鵬も好きでしたから、北の富士は僕にとっては常に敵役で、いつも「負けろ~」とテレビに向かって念を送っていました。
大鵬の晩年に北の富士は玉乃島と一緒に横綱昇進を果たします。玉乃島は改名して玉の海になります。「現代っ子横綱」などと二人は称されていましたが、これは玉乃島よりも主に北の富士のイメージでした。横綱昇進後は交互に優勝するなど「北玉時代」到来と言われていて、まさに良きライバルでしたが、玉の海が全盛期に突然の急死。「双葉山の再来」と言われるほどの安定感のある横綱相撲を完成させた直後のことで、これから黄金時代を築くかと思われていただけに大きなショックをファンに与えました。
ライバルだった北の富士もかなりショックを受けたらしく、情緒不安定だったと伝えられていますが、その後は貴ノ花、輪島、北の湖ら新世代が頭角を現すと、さっと引退したのが印象的でした。引退後は親方として千代の富士、北勝海を育てながら、こちらもさっさと部屋を二人に譲って、さらには相撲協会も55歳で退職するなど、常に地位に拘らない「引き際」の良さでは角界のみならず日本のスポーツ界でも屈指だったのではないかと思います。
NHKの専属解説者となってからは「ご意見番」として長らく活躍してきました。ご意見番と言えば北の富士と張本勲が両雄でしょう。相撲解説者としても神風、玉の海(横綱玉の海とは別人)と並び称される名解説者でした。力士としても親方としても解説者としても一流で、何をやらせても軽々とこなす粋で気風の良い人でした。ご冥福をお祈りいたします。

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