今日は冬至でしたが、冷えるなと思っただけで冬至らしいことは特に何もありませんでした。ゆず湯にも入らなかったし、かぼちゃも食べませんでした。そしてもうすぐクリスマスですが、クリスマスらしいことも何も予定していません。これはコロナ禍の影響なのか、イベント的なことがことごとく自粛になり、自粛してみたら意外にやってもやらなくても平気だということに気づいてしまったからかも知れません。
もっとも小さい子どもがいる家庭などではそういう訳にもいかないでしょう。やはりクリスマスのようなイベントは子どもには楽しいことですし、またそういう体験をさせないというのは可哀想です。「経験」というのは大きな財産で、特に若いうちにいろいろな経験をしておけば、それがその後の人生に活きる時があるというのは誰しも感じているのではないかと思います。
いま『体験格差』という本がベストセラーになっています。住んでいる地域によって、もしくは家庭の経済状態によって、子どもの体験に格差が生じているという話です。また親の体験によって子どもに体験させたいと思うことにも差が生じます。親が音楽に親しんでいればピアノ教室に通わせようと思うでしょうし、ゴルフをやっていれば子どもにもゴルフを勧めるでしょう。逆に貧困家庭に生まれてしまえば、習い事など難しいし、家族旅行だって滅多にすることはないと思います。
僕も明らかに貧乏な家庭で育ったので、家族旅行もほとんど行ったことがないし、外食すら滅多にしたことがありませんでした。習い事は母親がやっていた書道だけです。それが当たり前だと思っていましたから、高校生になって海外留学経験のある生徒や、ピアノどころかバイオリンを習っている生徒に驚いてしまいました。公立高校でしたが裕福な家庭出身者も多くて、まる子が花輪くんに驚くのと同じような状況でした。
この年になっていろいろと習い事をしているのも、子ども時代のリベンジ的な要素も大きい思います。そしていくら大人になってから頑張っても、子どもの頃からやっている人間には太刀打ちできないことも身に沁みて感じています。逆転できないハンデです。ただし親に言われて嫌々通っている習い事と、大人になって自分で稼いだお金で通う習い事とでは、モチベーションの高さや楽しさに雲泥の差がありますから、「体験貧乏」でかえって良かったとも思っています。もっと体験を増やしたいのに、これ以上習い事をする時間もお金も体力も足りていないのが残念でなりません。

コメント