最近一般人が著名人を「さん」付けで呼ぶ風潮が一部で広まってきていますが、かなり違和感があります。昔から政治家だろうが作家だろうが芸能人だろうがスポーツ選手だろうが、どんなに偉い人でも著名人は呼び捨てにするものでした。田中角栄だろうが三島由紀夫だろうが美空ひばりだろうが長嶋茂雄だろうがそれは同じです。一般人は「さん」付け、著名人は呼び捨てという区別があったのに、それに文句を言い出すようになったのは第二次安倍政権の頃からで、「安倍」と呼ぶと「一国の総理を呼び捨てとは失礼だ」などと言いがかりをつける安倍信者が出てきて以来です。要はこれもSNSの弊害でもあるのですが、政治家だって引退すれば一般人として「さん」付けされます。公人である政治家だから呼び捨てなのです。そうやって公私の区別をはっきりさせてきました。
逆に普段からそういう著名人を「さん」付けで呼ぶということは、その人と知り合いであることをそれとなく表明しているのと同義でした。一般人は「木村拓哉さん」と呼ばなくて良いのです。「キムタク」で構いません。しかし、直接本人と話をするような間柄なら「木村さん」と自然に呼ぶようになります。僕は亡くなったミスタードラゴンズの高木守道さんとは仕事で長年ご一緒したので、「高木さん」「守道さん」と自然に呼んでしまいます。本人にそう呼びかけていたのですから、いないところだけで「モリミチが」などと呼び捨てにするのは抵抗があります。
だから知り合いではなくても、大ファンでとても呼び捨てにできないという心情は理解できます。そう呼びたい人は「さん」でも「さま」でも好きに呼べば良いと思います。個人の自由です。しかしそれを他人に強要するのは全く別問題です。自分が「大谷さま」と呼んでいるからと言って、他人にまで「大谷」と呼び捨てにするなと文句を言うのはおかしいです。これは選択的夫婦別姓問題と同根で、自分たちが良いなら同姓にしようが別姓にしようが構わないことなのに、他人が夫婦の問題についてとやかく言うのはおかしいというのと同じです。リベラル=自由が嫌いな人たちが増えているらしい昨今の日本は、自ら縛られたい精神的ドMな人たちが増えてきているのでしょうか。それもまた個人の自由なので認めますが、他人にまでドMになれと強要しないで欲しいです。
