トラブルこそが人生

 子どもの頃はあまりわかっていなかったし、若者の頃もあまり深刻に考えていなかったからかも知れませんが、中年以降は人生は大小のトラブルでできているんだなと思うようになりました。楽しくて楽しくて心配事なんて全然ない、なんて時は滅多になくて、大抵ひとつやふたつトラブルを抱えていつも生きています。それは健康のことであったり、家族のことであったり、仕事であったり、人間関係であったり、金銭的なことであったりと様々ですが、とにかくストレス源になるようなことが生きている限りは何かしらあるものです。
 30代40代の頃は気分がモヤモヤする時には、「健康」「家庭」「仕事」「友人」「お金」などを個別に現状チェックをして、なにがモヤモヤの元になっているかを洗い出して、じゃあどうすれば良いのかを考えるという作業をしていました。それも50代になると慣れてきて、もう少しざっくりと俯瞰的に見ながら、「自分で解決できること」「自分ではどうしようもないこと」に大きく分けるようにしました。そしてストレスの多くが「自分ではどうしようもないこと」だと気づき、だったら気に病んでもどうにもならないので仕方ないと割り切るように心がけました。
 そうは言っても、どうしても気になることはあるし、腹が立つことも、後悔することもあります。そうなったらなるべく内側に溜め込まないように、誰かに話すとかして少しずつ「散らす」ようにすると気分が軽くなります。どうせ次から次へと新しいトラブルが起きるし、そうしたら今悩んでいることもどうでも良くなったりします。常にそうやって生きていくんだなと思えば、「悟り」まではいかなくても気は楽になります。
 トラブルだらけの人生だからこそ、たまに良いことがあるとより嬉しく楽しく感じます。常にデコボコの悪路を進んでいるんだと考えれば、たまの平坦な道のありがたさもわかります。それに後から振り返ってみれば、その時は本当に悩んだり苦しんだりしたことも、何とか乗り越えたのだから大丈夫だと思えます。トラブルは人を強くします。ひ弱なままでいたくはありません。
 以上、抽象的な話に終始しましたが、こうして書くことも実は「散らし」ていることになっています。本当に生きてると面白くないことはいくらでもありますね。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次