老い方を母に学ぶ

 母が秋に白内障の手術をすることになりました。半年くらい前から「見づらい」ということを訴えていて、眼科にも通っていたものの先生から「まだ大丈夫」と言われてしまうという話を聞いていましたが、よくよく聞いてみると、これはどうやら先生が「まだ大丈夫?」と母に確認しているのではないかと思えてきました。母は耳が遠いので、聞き取りづらい時には適当に解釈して返事をしていることがあります。先生と意思疎通がきちんと取れていないのではないかと危惧して、今日は仕事を休んで母の眼科診察に付き添うことにしました。
 診察室に僕が母と一緒に入ると、先生はそれだけで察したらしく「見づらいですか?じゃあ手術しましょう」とすぐに話を決めました。やはり以前から手術した方が良いと思っていたように思われます。母は左目は見づらいけれど右目はそれほどでもない、と言っていましたが、先生は両目とも手術すると決めていて、そこは医師の判断を信用するしかありません。もう90歳ですから、早く手術してクリアに見えた方が良いですし、老眼鏡を改めて作り直すにしても、両目の視力が手術後に落ち着いてからじゃないと作れないので、一気に進める方がロスもありません。
 問題は両目をそれぞれ手術すると、半月くらいは毎日のように通院が必要になるので、僕と妻と娘の3人の誰かが交代で毎日病院に連れて行く必要が生じます。僕が来年仕事を引退してからだったら都合がつけやすいのですが、まだ今秋は会社員なので「仕方なく」有休を取ろうかなと考えています。なんとかして休暇を退職までに消化しまくるつもりでしたから、これで休む大義名分ができて良かったかも。
 腰が痛い、耳が遠い、目がかすむという母ですが、まだ頭はちゃんとしているので、エンディングノートというほどのものではありませんが、母なりに自分の死後どうして欲しいかというメモを5年前に受け取っていました。ただ85歳から90歳というこの5年間で環境や周りの人間関係なども変わったので、改めて書き直してくれと今日メモを返してきました。本人もまだ旅立つつもりは無さそうですが、気が早いことにかけては人後に落ちないタイプなので、書き直しには意欲的です。元気ながらゆっくり少しずつ老いていく母を見ていると、老いることについていろいろと学ぶことが多いです。親は老い方も子どもに教えていくものなのだなと改めて実感しています。
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