伊達公子が2度目の引退を発表しました。この「コーカイ日誌」の最初の記事は1996年9月25日の伊達公子引退というニュースでした。それから21年。最初の引退の時にはまだ25歳だった伊達も46歳になり、「再チャレンジ」もさすがに限界ということになったようです。お疲れさまでしたと言うしかありません。
伊達が記録にも記憶にも残る世界的に稀有なプレーヤーであることは間違いありませんが、やはり「もし25歳の絶頂期に引退しなかったら?」というifはどうしても考えてしまいます。世界ランク4位の25歳は、仮に本人が何らかの限界を精神的に感じていたとしても、まだ先にこれ以上の結果があるのではないかとファンには期待させてしまいます。
特にこの20年間のスポーツ医学の発達などから、昔に比べて選手寿命が長くなり選手の高齢化は顕著な傾向にあります。かつては30歳前後で引退していたのに、今では30代半ばでもフェデラーやヴィーナス姉妹のようにトップ選手として活躍できるようになりました。伊達が37歳から復帰できたのもその恩恵を受けたということでしょうが、体力と経験のピークを迎えた25歳での引退は、どうしてももったいなかったのではないかと思わせてしまいます。
当時伊達のライバルだったグラフやセレス、サンチェス、ダベンポートらよりも、相手の力を利用してカウンターでポイントを奪う伊達のテニスの方が寿命が長そうでしたし、そうなれば一度や二度はグランドスラムタイトルを取るチャンスがあったかも知れません。世界1位だって決して不可能だったとは思えません。特にグラフからヒンギスへの女王交代の時期だった1990年代後半は、伊達が20代後半だったわけですからチャンスだったことでしょう。
もちろんこんなifはファンの勝手な妄想で意味はありませんが、こうやって語りたくなるほど伊達にはポテンシャルがあったということです。長年ここでも伊達の話を幾度となく取り上げてきましたが、それもなくなるかと思うと残念です。

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